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0821 長部小仮設グラウンド~芝生、子供たちへのメッセージ~(陸前高田市)

8月21日、戸羽太陸前高田市長と元全日本メンバーで日本サッカー協会の復興支援特任コーチを務める加藤久さんが上長部を訪問し、長部小仮設グラウンドに植えた芝生を視察した。戸羽市長は「ここまで芝が生えそろっているなんてびっくりした。ここを使って子どもたちに沢山走って、沢山汗をかいてほしい」そして「子どもが笑顔になれば大人も笑顔になる」と語った。

この芝は日本サッカー協会様による支援。6月24日、地元のスポーツ少年・少女を始め、全国からボランティア約320名が長部小仮設グラウンドに集まり、芝植えを行った。4万株ものポット苗を子どもたちにプレゼント。「芝生グラウンドを使い、地元の人々、子どもたちに思う存分走り回ってもらいたい」という想いから実現したものだ。

 

      

しかし、芝を育てることは簡単ではなかった。上長部のお父さんと、ボランティアによる戦いの幕開けである。

早朝4時30分、何日も何日も繰り返し水撒きをするものの、今年は記録的な高温と日照りが続く。なかなか成果が上がらず、「枯れちゃったらどうしよう……」と肩を落としていた。地区内で建設会社に勤務していた方が職場から水撒き用の機械を借り受け、応援してくれた。「作業中はねぇ、青い芝生の上で、子どもたちが歓声をあげながら躍動する姿を連想したよ」と上長部のお父さんは額の汗を拭う。グラウンドは長部・気仙小学校の子どもだけでなく、陸前高田市の子どもたちに向けて地域でつくりあげた芝生。その想いを受け、指示を仰ぎながら多くのボランティアも手伝いをした。根気のいる作業が、強く、鮮やかな緑色の芝生をつくりあげた。

 

被災を受けた多くの学校では、グラウンドに仮設住宅が建てられたため子どもたちがおもいっきり走り回れる場所はなくなった。長部小学校もその一つ。長部小学校仮設グラウンドにも、震災前は住居が立ち並んでいた。家を失い、仮設住宅で暮らす人々が「自分たちのせいで遊ぶ場を奪ってしまって申し訳ない」という思いから、市に掛け合い作られたものだ。

      

昨年11月には長部・気仙小学校(気仙小は被災のため、長部小を学舎としている)の合同運動会が行われた。前日の雨のせいで水たまりができ、お父さん、お母さんが整備を手伝った。取材に来ていた報道記者も砂運びを手伝い、予定より30分遅れで運動会が開始した。

      

久しぶりのイベントだったこともあり、父兄や地域の方々が多数応援に駆け付けた。

                            

競技数は少なかったが、グラウンドを駆け回る子どもたちを見て「もう上長部に子どもたちは戻ってこないんじゃないか……?」という震災当初の区長の不安は消し去られた。開会式には感謝の会が行われ、上長部のお父さんたちにお礼のメッセージが入った鉢植えシクラメンが贈呈された。「俺たちはこのためにやってきたんだ」そう言いながら涙を流した。お父さんたちは震災発生から8か月間、上長部の谷あいの800tものサンマと流れ着いた瓦礫を拾い続けた。子どもたちへの夢を抱きながら。

大震災に遭遇した当事者として、変わり果てた地区が再生していく様子を確かな目で見続ける子どもたち。お父さんは、大人になった時にこのことを教訓として役立ててほしいと思っているそうだ。「震災直後は、全ての人たちが驚きと失望感にさいなまれ不安な日々を送っていた。その後、多くの人達の善意により色々な援助をいただきながら今日まで来た。この現実をしっかりと記憶に留めておき、長い人生の中で他人に対し感謝の気持ちを忘れず、人に思いやりの心を伝えられる大人になってほしい」そう語った。 以前から過疎が進む陸前高田市は震災の影響でさらに子どもたちの都市流出が懸念される。地域の繋がりを通して「子どもたちが住みたくなる町づくり」が重要になる。

9月8日(土)には、長部小仮設グラウンドのこけら落しが控えており、いよいよ芝生のお披露目だ。少しずつ、ゆっくりと新たな陸前高田市が成長していく。まるで長部小仮設グラウンドの芝生の様に……。

 

 

(取材班 山田エリナ)