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「けっぱれ岩手っ子」活動の歩みを追う、子供たちの絵をみんなの励みに

“お絵描き隊”として遠野まごころネットで活動中の「けっぱれ岩手っ子」が9月に盛岡市と大船渡市で、子供たちが描いた絵の展覧会を開催する。盛岡市の会場は、JR盛岡駅前の岩手県民情報交流センター5階にある「ギャラリーアイーナ」。日程は9月17日から20日で、約1000点の絵が展示される予定だ。また、大船渡市では大船渡市民文化会館(リアスホール)の1階展示ギャラリーで開催される。こちらは9月23日から25日に約600点の絵が展示される。「けっぱれ岩手っ子」代表の藤田敏則さんは、「多くの方々に子供たちの描いた絵を観てもらうことで、子供たちや地元のみなさんの励みになれば」と語る。この展覧会に先駆けてお絵描き隊のこれまでの活動の経緯をリポートしたい。 

子供たちの楽しい声が聞こえそう

 

「けっぱれ岩手っ子」は遠野まごころネットを拠点として5月31日から活動をスタート。陸前高田市や大船渡市、釜石市など岩手県沿岸部で暮らす子供たちを対象に、移動お絵描き会を行うことで子供たちの心のケアに取り組んでいる。「けっぱれ岩手っ子」の活動理念は、一人でも多くの子供たちに、楽しみながら思う存分に絵を描いてもらうこと。ボランティアスタッフと子供たちは、お絵描きやレクリエーションなどで一緒に楽しいひとときを過ごし、そこには温かな心のふれあいやコミュニケーションが生まれる。これまでの3ヵ月間で53ヵ所の保育園や幼稚園、学童クラブなどを訪問し、参加した子供たちは約1800人、描いてもらった絵は1600枚余りにのぼるそうだ。 

お絵描き隊の活動を通じて、藤田さんは沿岸部の子供たちと描いた絵の展覧会を開く約束をしていた。自分の描いた絵を多くの人に観てもらうことは子供たちの励みにもなるからだ。藤田さんはかつて、神戸の震災後にも同じ活動を経験されていた。そもそも子供たちの励みにと思って子供たちが描いた絵の展示を始めたそうだが、「神戸の時はむしろ、大人たちのほうが絵を見て元気づけられた」という。 

子供たちが描く絵は、テレビに出てくるキャラクターや、果物、動物など身近な題材が圧倒的に多いそうだ。小さな手にぎゅっと握りしめたクレヨンで、子供たちはそれぞれ思うままに好きな絵を描く。おしゃべりしながら描く子供がいれば、もくもくと集中して描く子供もいる。描くよりも遊びたいという子供がいればその気持ちもありのまま受け止める。お絵描き隊はあらゆる子供たちの気持ちに寄り添い、いつも温かく見守る存在だ。画用紙を彩る子供たちの絵からは、言葉を超えた様々な思いがあふれてくる。

楽しいお絵描きタイム

 お絵描き隊のルーツは16年前の阪神淡路大震災にさかのぼる。当時、被災地では地震が起きた1月17日で時間が止まったまま、周囲と隔絶されたような暮らしが続いていた。長期化する避難所生活や生活再建のめどが立たないことに焦燥する大人たちのなかで、一見すればごく普通の元気で明るい子供たちも少なからずその影響を受け、子供たちなりに様々なストレスを抱えていた。藤田さんは自らも被災されていたが、絵を描くことで子供たちの心のケアにつながればという思いから仲間を募り、地元で移動お絵描き会を始めたそうだ。

画材の調達や場所の確保、参加の呼びかけなど手探りで準備に取り組み、神戸では1995年2月中旬から同4月下旬までに合計19ヵ所、約1000人の子供たちに絵を描いてもらったという。震災後の渦中で子供たちに絵を描いてもらう活動を続けることが、はたしてどのような意味を持つのか―――その答えを導き出してくれたのもやはり子供たちだった。ある日、一人のわんぱくそうな男の子が藤田さんに「つぎいつくんねん(次はいつ来てくれるの)」と問いかけたそうだ。移動お絵描き会の活動理念は、一人でも多くの子供たちに思う存分に楽しみながら絵を描いてもらうこと。その思いが子供たちにもしっかりと伝わっていた証として、藤田さんはこの男の子の一言に勇気づけられたそうだ。そして、この出来事をきっかけに「子供たちにとって必要とされている活動だと確信した」という。 

高橋さんの紙芝居は大人気

この理念は「けっぱれ岩手っ子」にもそのまま受け継がれている。「地域で継続して活動できる体制をつくるには、いかに足元を固めるかが大切。今の自分にできる役割はこの活動を受け継ぐ次の若い世代に、16年前の自分の経験を理念として伝えること」と藤田さんは語る。この思いに応えるべく、6月1日から活動に参加した高橋明史さんはボランティアリーダーとして、お絵描き隊の活動を積極的に支えてきた。高橋さんが初めて遠野まごころネットを訪ねたのは5月中旬。子供が大好きな高橋さんは、「子供たちとかかわるようなボランティアができれば」と考えていたところ、6月1日から3日にお絵描き隊のメンバー募集の求人票が出ていたのを見てこの活動に参加した。

 そして3日後、代表の藤田さんはいったんご自宅に戻られることに。高橋さんは「最初は自分にできるのか不安だらけだった」そうだが、藤田さんの思いを引き継ぐ形でお絵描き隊のボランティアリーダーを務めることを決断した。藤田さんは兵庫県と岩手県を何度も往復しながらお絵描き隊の活動をサポートし、高橋さんは現場を守り続けた。子供たちがお絵描きや紙芝居で楽しいひとときを過ごし、「どこへ行っても子供たちの笑い声が絶えなかった」ことが高橋さんの励みにもなったそうだ。 

多くのボランティスタッフにも支えられました

一方、藤田さんが被災地に何度も通い、お絵描き隊の活動に信念を持って取り組まれる背景にはもうひとつの理由があったことを私はこの取材のなかで知った。ここで「けっぱれ岩手っ子」の立ち上げの趣旨を一部引用させて頂きたい。 

―――あの時我が家は半壊しましたが家族全員の無事を喜び合いすでに16年の歳月、当時中学1年生の長女を東北に嫁がせて2年に満たない3月11日、忌まわしい事が現実になってしまいました。行方不明になった娘を訪ね探す日々、そして辛く悲しい対面、永の別れを済ませた後、止まらぬ涙。そんな日々のなかで聞こえる気がしたのは「私が生涯の地と決めて嫁ぎ、温かく迎えてくれたかの地の人たちが今大変なのに泣いてばかりいないでやる事があるでしょ!お父さんだから出来る事が」と娘が私を叱咤する声でした――― 

 

「けっぱれ岩手っ子」の展覧会が9月にようやく実現する。子供たちの描いた絵には、子供たちの思いと、それを見守り支える人たちの様々な思いが込められている。今回の展覧会の開催によって「子供たちの絵が放つ命の輝きが多くの大人たちを励まし、希望の一助となること」が藤田さんたちの願いだ。ぜひ、多くの方に子供たちの描いた絵を見て何かを感じとってもらえたらと思う。                                                               (取材・文:高崎美智子)